父と呼びたい。
- 悠輝 大沼
- 6月3日
- 読了時間: 2分
私が本格的にエンタメ・アート業界に復帰するきっかけを作って下さった方は嬉しい事に大勢おります。
でも、私が一番今でも尊敬し助けて下さった時の事を今でも感謝を忘れた事はありません。
ゲーム・映画の最前線でプロデュースをして、アミューズメントメディア総合学院で多くの才能を育て、今も走り続ける小宮英武先生への御恩を忘れた事はありません。
ご存じない方も多くなりましたが、私が数年三越伊勢丹で肖像画家をして仕事をしていました。
そんな私はそんな時期でもゲームやアニメ、イラスト業界への想いを忘れた事はありませんでした。
コロナで百貨店が閉まり、色々あった末私は肖像画家を辞めて再びエンタメ・イラスト業界に戻ろうと決意しました。
ですが、新卒で白組にいた事以外私には何もありませんでした。
そんな時、小宮さんが主宰するMY BRAND - 仕事がくる“絵師”になる My Brand - DMMオンラインサロンの存在を知りました。
そこで私の作品を見ていただき、小宮さんや皆さんが私の応援をして下さいました。
小宮さんは私に専門学校の講師や絵に繋がるチャンスを与えて下さり。実際このオンラインサロンのお陰でまだ公表できませんが、大きな仕事のチャンスを頂く事もありました。
小宮さん。
貴方は一度私の事を本気で叱ってくれました。
「お前の絵を認めていない奴なんて一人もいない。時代を待つんだ。」と。
その時自分の中で覚醒する音がいました。
白組50年の歴史で唯一、創業者島村達雄から面接で天才と絶賛された。
26歳で三越伊勢丹から画家としてもスカウトされ個人で百貨店と契約した。
宮崎駿監督のもとに自分の仕事の成果物が手元に届いた。
過去に自分自身を否定され臆していた自分。
そんな自分がどれだけ自信を持って貪欲になってよいか、貴方の愛ある叱責で自分は気づけた。
北斗の拳のサウザーの言葉を引用すれば「帝王としての血が目覚めた」。
小宮さん。
僕はもう後には引きません。
今色々な仕事をしています。
私は私なりのやり方で貴方の期待と厳しさに応えたいのです。
実の父はそういう事をしてくれる人ではなかった。
だから私は大袈裟かもしれませんが、貴方と出会って「父というのはこういう存在なのか。」とも思ったのです。
ありがとう小宮さん。
これからも頑張ります。

株式会社アウェイキング
小宮さん主催のオンラインサロン


コメント