少年時代の師匠
- 悠輝 大沼
- 7 日前
- 読了時間: 3分
実は私は幼稚園、小学生と大のガンダムオタクでした。
初めて見たガンダムはF91とGガンダムあたりからでした。
私の父親が模型ファンと言う事で、子供の私に初めてガンプラをプレゼントしてくれました。(確かグフかザクだった気がします。)
ガンプラを作るのも好きですし、自分で考えたオリジナルのガンダムを毎日自由帳に何冊も描いていた位ガンダムが好きでした。
ちなみに私の好きなモビルスーツはニューガンダムとゲルググ、ヅダです。
そんなお絵描き少年だった私は自然とガンプラのパッケージイラストに惹かれて真似して描くようにもなりました。
中でもポケットの中の戦争シリーズのハイゴッグとザクのイラストが好きで、どうやったらこういう風に描けるのかと学校のアクリルガッシュでよく模写をしていました。
そう。
それを描いたいたのが開田裕治先生だと知るのはもう少し大人になってからでした。
知らない方も増えましたが、実は私は一時期病気で実家で療養していた頃もありました。
あまりお話ししても楽しくないのでめっきり言わなくなりましたが、自分や家族の人格や人生を否定されるような事がありました。
一時期、あんなに大好きだったアニメやゲームを全く見ない期間もあったのです。
でも、そんな時子供の頃買ったガンダムのイラスト画集を見ていて、またガンダム見てみようかなと思いました。
ファーストガンダム第1話を久しぶりに見た時、やっぱり自分は絵が好きだし、アニメや映画が好きなんだ。
もう1度エンタメ業界に戻りたいと決心できたのも、ガンダムを創った描いた人達のお陰だったのです。
それから社会復帰をしていく中で、エンタメ業界の方々のパーティーで初めて開田裕治先生と出会いました。
思い切って自分の絵を見せたらほめて下さり、たまにパーティーでお会いしたりするようになりました。
私が新しいお仕事を募集してる旨をFacebookに告知したら、なんと開田先生が記事をシェアして下さったお陰で新しいお仕事のチャンスにも結び付けて下さったりしました。
先生、今更ですがこんな若輩の絵描きに手を差し伸べて下さり本当にありがとうございました。
先生、貴方は私にとって子供時代の絵の最初の目標であり、病に倒れて失意だった時にもう1度頑張ろうと思わせてくれたのも先生の作品でした。
その頃の自分に今こうして開田先生に巡り合えると言っても、信じられないと思います。
私が一番好きな色彩は青なのですが、あれは先生の手掛けたハイゴッグやケンプファーの青色が原点なんです。
先生と出会った事を大切にこれからも頑張って参ります。
いつか自分も好きなモビルスーツが描けるように精進します!




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